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Christian Journal

福音主義・キリスト教民主主義に立脚する日刊ブログ

日本においてキリスト教社会運動が成功した例

キリスト教の牧師や伝道者は宣教活動に専念し、社会運動をするなという方もいるかもしれません。しかし、日本においてキリスト教だからこそできた社会運動があり、そのような社会運動に携わったからこそ、非キリスト教国の日本でキリスト教が一定の地位を占め受け入れらた過去があります。

戦前、女性のキリスト教団体である、矯風会や社会鍋で有名な救世軍等が中心になって廃娼運動というのが展開され、売春防止法が制定されました。それまでは公娼制度を行っていたのですが、キリスト教的な社会運動を愚直に訴えた結果、日本で売春防止法が制定されるにいたったのです。

「道徳とは時の多数派が良いと信じる事」だとある哲学者はいいましたが、性をはじめ道徳というのは周りに流されます。これは反面教師として旧約聖書士師記が教えているところでもあります。明治時代の性倫理について知りたければ試しに「伊藤博文 女」で検索してみたらいかがでしょうか?芸者を何人も手篭めにする我が国の初代首相、奥さんも女遊びを許可し、13歳の女の子にも手を出して、明治天皇が伊藤の女遊びがあまりに酷過ぎたので諫めたなんて逸話も出てきます。国のトップからしてそのような性道徳の国であったのであれば、世間一般の性に関する道徳は推して知るべしでありました。不倫をしたと噂されるイクメン議員は今日議員辞職しましたが、現代日本から見れば明治時代の性道徳は異常です。しかし、周りも同じような感覚を持っていればそれは異常には感じないのです。ましてや、女性が体を売ることが制度として定められ、経済的弱者である女性はそのような地位に貶められても、周りも本人も「仕方ない」それが「世の常だから」とされてきたのです。そんなおり、たとえ少数であっても聖書が指し示す基準を示し、現状の問題点を訴え続け、社会を改善していく、キリスト教社会運動の凄さであり、運動が良い方向に働いたときに強さと言えるのではないでしょうか?そしてこれは福音宣教にもきっとプラスに作用したでしょうし、福音派が社会運動をすること自体は全否定をしてはならないと考えます。