Christian Journal

福音主義・キリスト教民主主義に立脚する日刊ブログ

自民党改憲草案の本当危険性(3)

先述の、キリスト教的世界観を理解しようとしない、また近代民主主義国家として歩む上で最低限前提として受け入れなければならない天賦人権説を軽視してしまう日本人に、GHQはなんとしても天賦人権説を定着させようとしました。そして、

十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

憲法に書かれいてるのにもう一度、ほぼ同じ内容の97条を明記させたのです。しかも、97条には「基本的人権は、(中略)信託されたものである。」と受身形で書かれている。言わずもがな、信託した主体をキリスト者は知っています。天(神)が私たちに信託したのです。日本国憲法には、まるでエステル記のように明示されていない神が記されています。そして、自民党改憲草案は、律法の第二用益たる憲法から神を消そうとする種の反キリスト教的策謀といえます。全ての権威は神様から託されたものであると聖書にありますが、同時にその権力が神を恐れぬまま解き放たれる時、それは、黙示録に描かれた獣ののように振舞うことでしょう。

 本紙を読まれているクリスチャン諸兄が仮に国家が尊いものと考え、国家を愛していたとしても、それは、国家が、他の被造物とは別格の地位を与えられた「神のかたち」を保持する人を大切にしていることが最低条件です。大切な「人」を大切にするために国家が機能するなら、その限りにおいて国家も大切なものになります。尊い「人」を尊く扱う限りにおいて国家も尊くなります。天賦人権説を保持する国家はその限りにおいて、神の前に喜ばれるでしょう。しかし、天賦人権説をかなぐり捨てるような国家権力はもはや獣であります。

敗戦直前の我が国は自国民に「一億玉砕」と唱えたのである。国家が滅びれば、人は人でなくなるという「国賦人権説」という反キリスト教的原則を持ってしまっていたために、「国民の生命・財産を守る」という国家としての最低限の有体も失ってしまっていたのです。人の生命を犠牲にしてでも国家の存立を保とうとしたのです。もはや、そのような国家は近代民主主義国家とは言えません。9条改正も緊急事態条項の新設も、この延長線上に考えるべきことでしょう。97条をまるごと削除し、「我が党は天賦人権説をとらない」(片山さつき自民党参議院議員)といって憚らない人たちが主導する限りにおいて、彼らに改憲させてはなりません。憲法に記された明示されない神を消させるようなことをしてはいけないのです。